赤ひげから銭ゲバまで、医師の世界も色々(4)
儲け優先でアメリカ型医療に走る歯科


儲け優先でアメリカ型医療に走る歯科

 TPP交渉は農業問題ばかりが注目されているが、医療分野では自由化を先取りする動きが確実に進んでいる。自由診療の拡大・増加であり、目先に敏い医療機関はアメリカを見習いアメリカ型の医療をどんどん取り入れている。
 なかでも構造不況業種と言われる歯科ではその動きが顕著で、ここでも二極化が行われている。研究熱心な診療所は最先端技術の習得に余念がなく、儲ける医療へと突き進んでいる。一方、旧態依然とした診療所は若年層の減少による患者数の減少で経営危機に陥り、廃業、開店休業同然の診療所が増えているのだ。
 しかし、儲けている診療所、患者数が多い診療所が患者本位の治療を行うかといえば、必ずしもそうとはいえない。

 実は、最近歯科へ行った。3年ぶりの歯科で、どこへ行くか迷ったが、とりあえず以前に治療した福岡市南区の歯科へ行くことにした。迷った理由は、その歯科が治療しながら遠回しに営業をするのが嫌になっていたからだ。
「インプラントは嫌だと言われるから」
「これ以上悪くなるとインプラントしかないですよ」
 などと、治療をしながら話しかけてくるのだからたまらない。
そこまでインプラントを勧める理由は従来型の入れ歯治療より儲かるからである。従来型の入れ歯治療の場合は保険診療になるが、インプラントは保険適用外治療で、治療費はいわば自由に設定できる。その分利益額も利益率も高いから、歯科にとっては「おいしい治療」だ。
 一方、患者の方もインプラントを夢の治療のように広告等で信じこまされている部分があり、従来型治療でも可能なものまでインプラントにしがちな傾向がある。

 私がインプラントを拒否する理由は後述するとして、3年ぶりにその歯科へ行った時、ある種の予感を感じた。医師数は8人。歯科衛生士などを含む総スタッフ数は30数人。歯科には珍しく大世帯である。これだけの人員を抱えると少々流行っていても経営はそう楽ではないだろう。いきおい利益額、利益率のいい治療に走らざるをえないだろうとは容易に想像がつく。

 この診療所は従来から予防歯科に力を入れていたが、その傾向が一層進み、なによりも口内の精密検査、予防治療を優先するようになっていた。そのためには口内の写真撮影、レントゲン撮影がばんばん行われ、唾液検査もするという。
 こうしたこと自体は悪いことではない。ただ、そのためには余分な費用がかかるということだ。だが事前にそうした説明はなし。当然、患者に了解を取るわけでもない。早い話がこれらはオプションメニューではなく、最初から組み込まれた、選択の余地がないメニューなのだ。

 この歯科、以前はこんな感じではなかった。3年前、院長の息子がアメリカ留学から帰国したことも関係しているのか、最新スタイルが好きなのか、研究熱心なのかよく分からないが、設備投資をすれば、その分余分に稼がなければペイできないというのはどの業種、どの分野でも同じだ。
 そのための方法は数をこなすか、1人当りの単価を上げるしかない。要は医は算術の側面が強くなるということだ。

 さて、私がインプラントを拒否する理由である。
以下は同歯科での歯科衛生士との会話
「なぜインプラントを拒否するんですか」
「まだ技術が確定されてないから」
「え〜、インプラントの歴史ってどれくらいあると思われているんですか。アメリカでは(以下略)」
 ここで私が言っているのはインプラントが登場してからの歴史でもなければ、アメリカでの施術でもない。この歯科がインプラント治療を何年行っているか、どの医師が何例行ったかということで、まだその数が不安だからしないということなのだ。
 第一、勧める以上はメリットと同時にデメリット(リスク)の説明もきちんとすべきである。リスクの説明をせず、メリットばかり強調する話は必ずといっていい程危険である。

 例えば腹腔鏡手術。開腹手術なら入院が必要だが、腹腔鏡下手術の場合は日帰り手術も可能なため、簡単な手術と受け止められがちだが、実はリスクは開腹手術よりはるかに高い。
 つい最近、千葉県がんセンターの消化器外科の同一医師による腹腔鏡下手術で7人が死亡していた問題を想起すれば、腹腔鏡下手術が安全でも簡単でもないことが分かると思う。
 この手術はモニターを見ながらの遠隔手術だから技術力と慣れが必要な手術なのだ。
私はそのことを鼠径ヘルニア手術をする時に担当医から説明されて初めてリスクのことを知った。
 その医師は事前に手術方法が2つあること、それぞれにメリットとリスクがあること、腹腔鏡下手術を選択した場合、担当医が自分はできないので部長医師にしてもらうことになる、と説明してくれた。
 その説明を受け、私はこの医師は信用できると思い、彼に開腹手術でしてもらうことにした。

 同じような話は白内障手術にもある。いまではかなりポピュラーになってきた手術で、多くの眼科で手術できるようになっているが、できれば個人医院のようなところではなく大きな眼科で、白内障手術例が多い医師からしてもらうようにアドバイスしている。目を瞑ってもできるような簡単な手術ではないからだ。

 話をもう一度インプラントに戻そう。日本の歯学部でインプラントの実習教育を取り入れているところは1、2しかないし、その歴史も極々最近からである、といえば少しおかしいと思われるに違いない。だって、開業医がインプラントをし出した歴史の方が古いからである。
 では、どこでその手術法を習得したのか。従来の歯の治療と同じ技術なのか。答えはノーだ。インプラントは顎の骨に穴を開け、そこにネジを埋め込むわけで、ドリルに力が入りすぎれば骨を突き抜け顎を傷つける。力加減が非常に難しいから、きちんと技術を習得してから取り掛かる必要がある。
 ところが、大学ではその実習が行われていない。とすれば、開業医はどこでその技術を習得したのか。ちょっと考えてみれば恐ろしいことだと気付くに違いない。機械メーカーの担当者がきて機械の操作方法を説明し、後は操作しながら覚えるIT関連機器とは全く違う話である。

 だが、残念ながら今後この種の話は増えていくだろう。そして算術に走る医師も。
医療機関と医師をいかに見極めるかは難しい問題だが、少なくとも事前説明をしっかりしない所、選択肢を提示しない所、やたら新しいことを勧めるところは少なくとも要注意だろう。
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